オチの絵とゴッホの絵

オチ・オサムの絵とゴッホの絵と、どちらがいいか?常識的にはゴッホだろうが、私は迷わずオチと答える。何故か?もし、私がゴッホと同時代の人間だったと仮定して、ゴッホの生前、みんなと同じように、多分、私もゴッホの絵なんて、いくら安くても1枚も買えない画商だったに違いないからだ。時代が変わり、何億円の価格がつき、世界の一流の美術館に作品が展示されるようになってから、今更、『ゴッホの作品がいい』なんて、当たり前なことを言うには気が引ける。というより、私には高尚な芸術というものがわからない。くそ難しい芸術の良さが理解できない私にとって、確かなのは、何十年も前のことだが、初めてオチ・オサムの作品を観た時の鳥肌が立った感動と、売りにくいとは思ったが、まだこんな作家が日本にもいる、という喜びであった。だからこそ、『九州派を扱う画商は潰れる』と言われながら貧乏画家の、貧乏画商を楽しく続けてこらoti2れた。なぜ、九州の画家に大阪の画商が?と思われるかもしれない、が、昔、私が福岡市美術館で企画した『狂熱の孤独!オチ・オサム&伊東完治2人展』の拙文で予想して戴きたい。私は、今、強く感じている『私は、生前のオチちゃんの話相手であり、唯一の画商だった』これからのオチ作品は有価証券化を進むかもしれない。マーケットでは、すでに、一般の美術愛好家が所蔵出来る作家ではなくなりつつある。こんな時にオチ作品を手放す馬鹿もいないだろう。だから私は『生前のオチちゃんの画商だった』と誇りを持って言うのだ。今の私が、本来のオチの貧乏画商たる姿だ。オチの芸術の見える化のために用意したのは展示場ではなく、借用した1000坪の休耕地だ。この舞台で思いっきり、オチ芸術の視覚化を図るのだ。私の耳には『ああせろ!こうせろ!』という天国のオチちゃんの声がやかましい。大作を描くためには、大量の絵の具を溶く、そのため残った絵の具で多くの小品を描かねばならない。この小品が僕に与えられた生計で、無名のオチの作品を所蔵してくださった愛好家の方々に今まで支えられてきたのだ。


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