人生の目的とは?

人生に立派な目標や目的を掲げても、一抹の虚しさが拭えないのはなぜだろう。
赤ちゃんが生まれる。這えば立て、立てば歩め、の親心だ。やがて、幼稚園に行く。できるだけ有名な一流の幼稚園を目指す。目的は?もちろん、一流の小学校に入るために。何故か?一流の中学校に入れるためだ。そんな風にその子は一流の会社に入るために一流の大学をめざし、一流会社に入社して夢が叶う。その後、社長になる目標に向かって頑張り、係長、課長、部長と、どんどん出世を重ねる、やがて取締役から念願の社長に就任し、願いは成就する。しかし、そこから時計の針の動きが早くなり、あっという間に権力の地位を追われ、会長、相談役となり退社する時を迎える。するとお金を持ったタダの人になり、家族からも疎まれる。時間軸における残された目標といえば、みんなに平等な死しかなくなるのだ。生まれてから死ぬまでの時間軸に設定する人生の目的は全て真の目的のための手段にしか思えない。しからば、真の目的とはなんだろう。それを探すため、人は、限りある生命の中で、一瞬が連続して通り過ぎる時間軸に永遠という異次元の時間概念を突入させ、人生の真の意味を垣間見ようとしているのだ。


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